2019年09月25日

YAMAP登録、試用で蔵王山

20190925_103335.JPGYAMAPお試しで蔵王山。YAMAPに登録してある山頂に到達すると、登頂したとカウントされるようだ。



過去分の富士山、吾妻山、伯耆大山も入力。ただし軌跡データはないので写真のみ。

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2019年09月18日

伯耆大山

20190918_110658.jpg中国地方の最高峰である伯耆大山(鳥取県)に登ってきた。学生のとき以来なので45年振り。

夏山登山道を登る。稜線にはずっと雲がかかっていたが、山頂に到着する直前から30分位の間だけ、ガスが晴れて弓ヶ浜や日本海などを見渡すことができた。



20190918_104415.JPG現在、山頂避難小屋は改修工事中のため、弥山山頂部(1709m)には立ち入ることができず、小屋付近に頂上の標識が移設してあった。弥山から剣ヶ峰に続く稜線を見ることができなかったのが残念。



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2019年09月14日

吾妻山

20190914_122947.JPG秋を先取りしたくて、広島・島根県境の吾妻山(1239m)に出かけたが、ここも暑かった。

雲が低く、伯耆大山も見えず。



20190914_131845.JPGただ、お気に入りのマツムシソウの群落を見ることができたのでよしとしよう。



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2019年08月21日

富士山

20190821_03s2a.jpg富士山にはいままで富士宮口から3回(学生時代)、富士吉田口から4回(会社員時代)の計7回登っていたことが、記録を見返して分かった。

今夏、山小屋で仕事している知り合いに会いに、30数年振りに富士登山に出かけた。

1日目は元祖七合目山口山荘泊。

2日目、0時過ぎには富士や静岡方面の夜景が見えていたが、1時半に小屋を出発する頃にはガスっていた。天気が回復することを願いながら登ったが、ガスの切れ間から一瞬朝焼けが見えただけ。
9合目の萬年雪荘で長めの休憩し、6時に頂上到着。頂上富士館で休憩と軽食。

風が非常に強く小雨混じりのガス、天気が回復する見込みもなさそうなので、お鉢巡りは断念して下山開始。
9合目まで下るとガスは晴れ、吊るし雲が見られた。

下りでは足と膝を痛めたが、怪我も事故もなく無事5合目に戻ることができた。

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2018年09月16日

大山 元谷

20180916_103808a.jpg気象予報士会 中国四国ブロック例会@米子の翌日、大山方面へ。

大山寺から山道を歩く。



20180916_094308.jpg以前に両親と一緒に北壁を見た場所を探したがどこだったか分からず、まぁいいかと思いながら、元谷避難小屋まで歩いた。
※あとで調べると、金門の先の賽の河原だったようだ。

大山頂上はガスの中。
山陰の海岸線が見えた。ツリフネソウが所々で咲いていた。

桝水高原ではマツムシソウとワレモコウ。この頃から急に雨が強く降り出したため、帰ることにした。
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2012年07月30日

回想の山旅(10):安倍奥再訪 1990年9月

前回のさよなら山行から10年振りに安倍奥を歩いた。

199009-01.jpg1日目、静岡から梅ヶ島行バスで新田下車。学生時代、何度も歩いた道のはずなのに、背中の荷物がやけに重かった。無人の山伏小屋泊。この日、他に登山者がいたかどうかは記憶にない。



199009-02.jpg2日目は山伏山頂に登り、大谷嶺、八紘嶺を経て、梅ヶ島に下った。八紘嶺山頂では数名の登山者に会った。
天気は快晴、南アルプスや白峰南嶺の山々がよく見えていた。



生活環境の変化や、他の活動に興味が移ったことなどから、これを最後にしばらく山歩きから遠ざかることになった。
次に安倍奥に入ったのは、さらに10年後の2000年のことである。

■安倍奥(単独)
1990年
9月22日:静岡=新田〜山伏小屋
9月23日:山伏小屋〜山伏〜大谷嶺〜八紘嶺〜梅ヶ島温泉=静岡
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2012年07月22日

回想の山旅(9):南アルプス南部 1985年夏

ヨーロッパアルプス(1981年)の後は、長期出張や生活環境の変化などが重なり、ほぼ4年振りの夏山となった。会社の山岳部で南アルプス南部を歩いた。

198507-01.jpg1985年:
■7/27-28
東京駅を23:25発の列車に乗り金谷駅で下車。大井川鉄道に乗り換え、千頭、井川。ここからバスで畑薙第一ダム堰堤へ。
畑薙第一ダムに架かる長い吊り橋を渡り、登山道に入る。ウソッコ小屋、横窪沢小屋を経て、稜線近くの茶臼小屋テント場泊。
天気は快晴のち時々曇り。



198507-02.jpg■7/29
3時起床。満天の星。
茶臼岳、易老岳、イザルガ岳を経て光岳着。頂上は樹林の中で見晴らしはきかなかった。
同じルートを辿りテント場まで戻る。
写真は、広い稜線からしてイザルガ岳で撮ったものか?



198507-03.jpg■7/30
3時半起床。天気はガスのち晴れ。夕方雷を伴った雨。
上河内岳を通って聖平まで。昨日の歩きが長かったので、今日は楽だった。



198507-04.jpg■7/31
2時半起床。快晴。ただし29日より星の数は少ない。
聖平から聖岳山頂。奥聖をピストンして、兎岳、中盛丸山、大沢岳を経て百間洞泊。
昼頃より雲が湧いた。



198507-05.jpg■8/1
2時半起床。快晴。満月の月明かりが明るい。
百間洞から赤石岳、大聖寺平を経て荒川小屋テント場泊。
午後より雲が広がり夕方には雷鳴。
写真は大聖寺平、バックは悪沢岳。



198507-06.jpg■8/2
2時半起床。荒川岳稜線から悪沢岳へ。素晴らしい展望を楽しめた。
一人の大先輩が、20年振りの南アだ、と言われていて、20年振りとかいう時間の長さが全く実感できなかったが、その時からすでにそれ以上の年月が経過してしまった。
千枚岳を経て二軒小屋まで急な尾根を下る。


■8/3
2時半起床。快晴。
二軒小屋から転付峠を越えて、田代まで下る。昨日の下りで太ももの筋肉を傷め、難儀しながらの下りとなってしまった。
バスで身延駅に出て、身延線で甲府を経由して八王子に戻った。
写真は転付峠から見た、赤石岳に懸かる満月。
198507-07.jpg



198507-08.jpg■南アルプス南部縦走
1985年
7月27-28日:東京=金谷=畑薙第一ダム〜茶臼小屋(テント泊)
7月29日:茶臼小屋〜易老岳〜光岳〜易老岳〜茶臼小屋(テント泊)
7月30日:茶臼小屋〜上河内岳〜聖平(テント泊)
7月31日:聖平〜聖岳〜百間洞(テント泊)
8月1日:百間洞〜赤石岳〜大聖寺平〜荒川小屋(テント泊)
8月2日:荒川小屋〜悪沢岳〜千枚岳〜二軒小屋(テント泊)
8月3日:二軒小屋〜転付峠〜田代入口=身延=甲府=八王子
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2012年06月30日

回想の山旅(8):ヨーロッパアルプス 1981年夏(その2)

(その1から続く)

198107-09.jpg■7/31
シャモニから電車でツェルマットに移動し、ホテル・バーンホフ泊。



198108-01.JPG■8/1
ツェルマットから登山電車でゴルナーグラードへ。マッターホルンやモンテローザなどの山々の展望を楽しむ。
ツェルマットに戻り、グリンデルワルトへ電車で移動。アイガー北壁が目の前に見えるキャンプ場泊。



198108-02.JPG■8/2
登山電車でユングフラウヨッホ。ガスで視界が悪く、食堂で様子見している時に加藤保男氏(*)に会う。オーバーメンヒ・ヨッホ小屋まで同行させてもらう。同小屋泊。

(*)エベレストに3度登頂を果たした。1982年12月、厳冬期エベレスト登頂後、下山時に遭難。



198108-06.JPG■8/3
オーバーメンヒ・ヨッホ小屋を出て、ユングフラウ登頂。



198108-03.JPG山頂でガイドで来ていた加藤氏にまた会い、一緒に写真を撮らせてもらう。手前右が加藤氏。
下山しキャンプ場に戻る。



198108-04.JPG■8/4
キャンプ場から撤収し、グリンデルワルトから電車でインターラーケン・オスト、ベルンを経てジュネーブへ。ホテル・シャンテリー泊。



198108-05.JPG■8/5-6
ジュネーブからスイス航空でフランクフルト。フランクフルトからはパンアメリカン航空002便(東回り世界一周便)で、往路同様カラチ、デリー、香港を経由して成田に帰着した。
帰りの飛行機の中のことはほとんど覚えていない。ただ、北海道が大雨で、石狩川などが氾濫しているニュースが機内のTVから流れていたことだけは、なぜか記憶に残っている。


  ◇

いまから振り返ると、2年目の新人がよく2週間(うち1週間は夏休みだが)も休ませてもらったなと思う。
また、事前調査・準備・記録など当時の資料を見返すと、自分は連れて行ってもらっただけだったんだな、ということが改めてわかった。山岳部の多くの仲間に支えられ経験できた遠征だったと思っています。

■行程
1981年
7月24日:成田=香港=デリー=カラチ=
7月25日:=フランクフルト=ジュネーブ=シャモニ
7月26日:キャンプ場へ移動
7月27日:エギーユ・デュ・ミディ
7月28日:グラン・モンテ
7月29日:BC〜グーテ小屋
7月30日:グーテ小屋〜モンブラン〜BC
7月31日:シャモニ=ツェルマット
8月1日:ツェルマット=ゴルナーグラード=ツェルマット=グリンデルワルト
8月2日:BC=ユングフラウ・ヨッホ〜オーバーメンヒ・ヨッホ小屋
8月3日:オーバーメンヒ・ヨッホ小屋〜ユングフラウ〜BC
8月4日:グリンデルワルト=ジュネーブ
8月5日:ジュネーブ=フランクフルト=カラチ=デリー=香港=
8月6日:=成田
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回想の山旅(8):ヨーロッパアルプス 1981年夏(その1)

しばらく中断していた「回想の山旅」をもう少し続けます。

社会人2年目の夏、会社の山岳部4名でヨーロッパアルプスに遠征しました。

計画段階ではもう1名、女性部員も行く予定で準備をしていましたが、会社の許可が下りなかった、そんな時代。自分にとっては海外旅行はもちろん、飛行機に乗るのも初めての旅でした。

  ◇

198107-01.JPG■7/24-25
北回りヨーロッパ線の航空運賃が高額(給料の何倍だったか?)だったため、少しでも安い南回りを選んだ。
搭乗機はパンアメリカン航空001便(西回り世界一周便)。
香港を過ぎると機内では日本語のアナウンスはなくなり、急に不安が増した。
デリー、カラチを経由し、夜が明けると眼下には赤い大地が広がっていた。中東あたりだろうか。
フランクフルトでスイス航空に乗り換え、ジュネーブへ。空港では自動小銃を脇に抱えた兵士が警備しており驚く。



198107-02.JPG■7/25
ジュネーブ空港からはタクシーでシャモニへ。運転手さんに天気のことを尋ねると、"bad weather"と言われた。この日はホテル・アルピナ泊。
山はガスっているが、すぐ近くまで氷河が迫っているのが見える。



198107-03.JPG■7/26
ホテルをチェックアウトしキャンプ場へ移動。
モンブラン登山時のグーテ小屋予約やSOSモンターニュ(山岳保険)加入手続きなど。
タクシーの運転手さんの予想?は外れ、この日から天気は回復し、帰国までずっと好天に恵まれた。
写真中央奥のなだらかな頂がモンブラン山頂。



198107-04.JPG■7/27
エギーユ・デュ・ミディ山頂駅までロープウェイで行き、ルート偵察も兼ねて雪原を歩く。ガスが晴れるとモンブランやボソン氷河が凄い迫力で目に入ってきた。
写真左上の雲がかかっているのがモンブラン山頂。



198107-05.JPG■7/28
グランモンテよりペチト・エギーユ・ベルト登山と雪上訓練。
写真はグランモンテから眺めたシャモニの谷。



198107-06.JPG■7/29
モンブラン登山1日目。
バス、ロープウェイ、登山電車を乗り継ぎ、ニー・デーグル。テート・ルース小屋を経てグーテ小屋泊。



198107-07.JPG■7/30
モンブラン登山2日目。
暗いうちにグーテ小屋出発。バロ小屋を経て、最後は細い尾根を辿りモンブラン山頂へ。到着前にはそれまで感じなかった感激が急に込み上げてきた。



198107-08.JPG30分程山頂で過ごし下山。バロ小屋からはボソン氷河ルートを下る。気温が上がり、また想像以上に長い下りだった。無事BCに帰着し、長い1日が終わった。



(その2に続く)
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2012年05月19日

中央本線展望の旅

20120519_083933.jpg雪の山が見たくなり、中央本線下りに乗りました。最近は車を使うことが多く、中央本線は久し振りです。

甲斐大和駅を過ぎトンネルを抜けると、展望が一気に開け、甲府盆地越しに南アルプスを堪能できます(勝沼ぶどう郷〜塩山駅間)。



20120519_095115.jpg韮崎駅を過ぎると、右手に八ヶ岳が、



20120519_095553.jpg左手には鳳凰三山と甲斐駒ヶ岳が大きく迫ってきます。



20120519_101204.jpg下車駅の長坂駅ホームからは、目の前に甲斐駒ヶ岳が高く聳えています。

下車後の続きはまたあとで。。。



それにしても、中央本線には生きものに関する駅名が多く楽しいですね。

鳥(鳥沢)がいて、猿(猿橋)がいて、以前には鹿(初鹿野、現在は甲斐大和)もいて、竜(竜王)までいます。梁(梁川)をしかけたり、狩り(初狩)をしたりと。。。。
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